N言語のそのままで

琴線に触れたことをちょっとだけ考察入れながら書き起こします。生業はシステムエンジニアでボランティアでカウンセラー活動しています。ベースは心理学、現象学です。

愛したい愛されたい、願望系の愛のプリキュア -HUGっと!プリキュア第20話より

プリキュアばかり書くつもりはないのですが・・・またもHUGプリです。

プリキュア追加回なのですが、変身の直前のせりふにぐっときてしまいました。


(プリハートを手にして、えみるとルールーが見つめ合って)
あなたを愛し、私を愛する!
(変身シーンへ)

HUGっと!プリキュア 第20話より)


ここだけ抜き出してしまうとなんのことやら分かりにくいのですが・・
女の子らしさを強要されて育ってきたえみると、アンドロイドのルールー、
自己肯定感をあまり持てないでいた二人がお互いを支えとして、お互いを承認し合い、自分を愛することができるようになる、というせりふです。


自己肯定感は幼少期に愛着を形成した大人から愛を与え続けられることで醸成されるものだと思います。存在そのものを受け入れてもらい、役割としての自分ではなく存在そのものを承認してもらう。
自己肯定感は愛によって作りあげられるものであり、生きていく勇気の源です。

 

役割的な承認が強いであろう家庭で育ったえみると、そもそも役割でしか承認がなかったルールー。
生きていくための基盤が弱い二人が、お互いが弱い部分を持っていることを見つけあい、認め合い、新たに承認しあうことで、自分を愛する=自己肯定を補い合う。


弱い部分を持つ人が、いじけずに、精一杯頑張っていこうとする、
そしてお互いの存在によってそれが成り立つ、という形が描かれており、
環境によって作られた弱さに切なさを感じると共に、人が人と共に生き合う存在であることの喜びもこのシーンから感じました。

 

お互いの存在で弱さを補い合い、次のステージへ向かっていく。
レジリエンスのひとつの表れ方かな、とも思います。

 


そして、愛に恵まれなかった二人が、愛のプリキュアになる・・・
お互いを愛することで、自分を愛することができるようになった、愛に対する願望系のプリキュアだなと思います。
(変身するってそういうことだ、とも言えますが)

愛され、愛したい、それを体現するものでありたい。
願いが身をもった真摯なもので、キリキリと痛むような苦しさもはらんでいるように感じます。見ていて胸がグッと絞られるような感じがして・・・ただただ幸せなだけの変身ではないのですよね。


今は二人でいるから変身できるという段階ですが、
補い合って得たものを持って、それぞれが別個となった時でも自由な世界で強く生きていくことができる、という未来が描かれるといいな、と思っています。

今の二人は共依存にも近い関係なので、
健全に、発展的に、一人の人間として自立していく姿を子供たちに見せてあげてほしいなと思いました。

 


同じ事を言葉を変えて書いてみていますが、
それだけ感動したことの証左であり、ぴたっとくる表現を探す実験でもあるのでご容赦ください。

次は前から考えている本のことで書きたいです。
次週もプリキュアが面白かったらどうしよう。